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橿原市今井町

歌舞伎を見に橿原文化会館まで行ったので、ちょっと足を延ばして今井町を回ってきました。

重要文化財『今西家住宅』の一般公開(10月15日(月)~11月14日(水))も行われています。



今井町を訪れるのは約30年ぶり。学生の頃大学の授業の一環で教授に連れられて見学しました。その頃は街として観光化などは微塵も考えていなくて特別にお願いしてという形でしたが、重要伝統的建造物群保存地区に93年に指定されて、その頃から観光化も図られているようです。でも住民の方はそれには今も賛否両論あるようで、今日も茶店でそんな話を漏れ聞きました。



今井町は、古くは興福寺の荘園で、中世の環濠集落を母体として発展した町です。

室町時代の後期には、一向宗の道場(後の称念寺)ができ始め、天文年間(1532~55年)には東・西・南・北の4町が誕生し、その後文禄検地(1561年)頃には新町・今町を加えた6町(現在と同規模)が成立しています。周囲に三間の堀、土居を巡らし、9箇所の入り口には門を構えた武装宗教都市でした。しかし、信長に降伏(1575年)後は、自治都市として「海の堺、陸の今井」と言われるほど商業都市として栄えましたが、明治になり武士が没落するとともに衰退し、また鉄道駅の設置に反対したため、世間の変化に取り残される形で(今となっては幸いですが)環濠に囲まれた約17ヘクタールの保存地区に建つ家屋の過半数が伝統的建造物であり、長く連なる軒先が統一観をかもし出しています。



称念寺 


豊田家 重要文化財


中橋家 重要文化財


中町筋生活広場 

このような木造家屋の密集地で、道路も狭い(=大型の消防車が入れない)となると初期消火が肝腎!他の町にもあるようです。

 なるほどと思いましたが、気になったのは「AM9:00~PM5:00」となっているところ。夜間はどうするのでしょう??




今西家 このブログは1項に写真が5枚しか入れられないので、別項にしました。



似たような街並みとして、どうしてもならまちと比較してしまうのですけれど、

・さすが「大和の金は今井に七分」と言われた今井町、1軒1軒が大きい!左の写真の奥行き見てください。

・町が狭く、車があまり通らないので歩きやすい。

・まだあまり観光客向けの店ができていない。

というより、観光化に対して本来の町の方は消極的な気がします。ウィークデーにもかかわらず町のそこここにいらっしゃる観光ボランティアの方もこの町の出身ではなさそうでしたし、六斎堂でカステラを買ってきましたが、お店の方は他所から来た方で、伝統的な建築物のあまり残っていない通りに4年前に開業したばかり。

やたらきれいに伝統建築物風に作り変えられた建物がある一方で空き地も点在し・・・。

観光開発は市主導か何かだったのでしょうか。標識なども妙にきちんと整備されています。

観光開発か、生活重視か。

ならまちはどんどん新しいお店ができていって観光客としてはうれしい状況ですけれど、それは本来の住民が出て行っているということに他なりません。それがいいことなのかどうか。

そんなことを考えさせられた約1時間の散歩でした。



今井町の街並み(橿原市役所のページ)



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