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<東大寺東塔跡>高さ70m超? 鎌倉期の基壇27m四方

【備忘録】

<東大寺東塔跡>高さ70m超? 鎌倉期の基壇27m四方 @毎日新聞 11月19日(木)20時49分配信

toudaiji.jpg
調査で見つかった、鎌倉時代に再建された東大寺東塔の基壇跡の一部(上が北東)
=奈良市雑司町で2015年11月19日午後2時31分、梅田麻衣子撮影


 東大寺(奈良市)の東塔跡を発掘していた同寺などの調査団が19日、国内最大級となる約27メートル四方の塔基壇跡を確認したと発表した。伽藍(がらん)が再建された鎌倉時代の基壇で、創建時の奈良時代より拡張した上、より堅牢(けんろう)な「大仏様(よう)」という新様式に設計変更したとみられる。東塔は高さ70~100メートルの巨大な七重塔だったと伝わる。調査団は「巨大な塔の存在を裏付け、建築技術の革新も示す重要遺構だ」としている。

 調査団は東大寺、奈良文化財研究所、奈良県立橿原考古学研究所で構成。7月からの発掘で、基壇の北東部分が見つかった。心柱を支えた基礎(心礎)と柱穴9個を確認し、基壇全体は高さ1.7メートル以上で27メートル四方、建物は17メートル四方。北側と東側に階段跡、周囲に玉石敷きが残っていた。全体の柱穴は4列。柱と柱の間隔は中央6メートル、両端5.4メートルで、鎌倉期再建の同寺南大門と一致した。

 今回の調査では、奈良時代の創建時の階段跡なども発見され、調査団は基壇が24メートル四方、柱は6列と推測。鎌倉期の再建で柱の数を減らす一方、柱をつなぐ部材で強度を高める「大仏様」を採用した可能性が判明した。調査団長の鈴木嘉吉・元奈良文化財研究所長(日本建築史)は「大仏様を導入した日本に例のない仏塔の可能性が強い。鎌倉期の建築技法の革新が分かる」と強調した。

 東塔は764(天平宝字8)年ごろに西塔と併せて建設されたが、1181年1月(旧暦の治承4年12月)に平氏の南都焼き打ちで大仏殿や南大門などと共に焼失。大勧進職・重源(ちょうげん)が再建に着手し、臨済宗の開祖・栄西らの手を経て1238(嘉禎4)年ごろに東塔のみが再建された。1362(康安2)年に落雷で再び焼けた。

 東塔の高さは、寺の記録に33丈(約100メートル)、23丈(約70メートル)との記述が混在。調査団は「基壇の規模から高さの正確な推定は難しい」とするが、現存最大の京都市・東寺五重塔(高さ約55メートル、建物の1辺9メートル)をはるかに上回る。1998年に奈良県桜井市の吉備池廃寺跡で一辺30メートルの基壇跡が見つかった例があるが、詳しい文献が残るものとしては東大寺が最大級となる。

 現地説明会は21日午前10時~午後3時。【皆木成実】


 ◇大仏様
 宋(中国)で建築術を習得した重源が鎌倉時代に導入した寺院建築の様式。穏やかな「和様」に対し、大陸的な雄大で力強い印象を特色とする。大規模な建造物を堅牢に造るため、柱を横につなぐ部材「貫(ぬき)」を多用し、天井は張らず構造材を露出させるといった意匠も特徴。重源が造った東大寺南大門と浄土寺浄土堂(兵庫県)が現存する。

 ◇藤井恵介・東大教授(日本建築史)の話
 非常に残りが良い、すごい遺構が出てきたと驚いている。基壇の大きさからも国内に他に例をみない、巨木を使った独創的な仏塔建築だった可能性がある。伝統的な日本の建築法を改革した重源らの手法が反映されているのだろう。

          ◇

 鎌倉時代の東大寺東塔は、日本最大級の仏塔にふさわしい27メートル四方の基壇の上にそびえ立っていた。同寺の筒井寛昭別当(住職)は「大変大きな規模。重源上人の意欲を感じる」と感嘆の声を上げる。

 平氏の南都焼き打ちに遭った寺の再建を後白河法皇に進言した時、重源(1121~1206)は既に還暦を迎えていた。鎌倉幕府を開いた源頼朝の支援を受けながら、大仏殿や南大門を再建し、運慶・快慶らを採用して南大門の金剛力士像(仁王像)を造立。武士の時代の幕開けとともに、力強い仏教文化を南都に生み出した。

 宋で建築を学んだ技術者である重源は、合理的な思考の持ち主でもあったようだ。東塔に大陸風の「大仏様」を用いた可能性について、鈴木嘉吉・発掘調査団長は「巨大建築を堅牢に造るため、奈良時代の様式をやめる判断をした」と推測する。

 東大寺には重源が死の半年前、1205年に書いた「重源上人勧進状」(重文)が残る。前年に建設が始まった東塔について、「完成すれば塔前で童子に法華経1000部を読ませたい」などと記している。勧進状を調査した綾村宏・京都女子大教授(日本史)は「気迫がほとばしり、塔再建への強い思いを感じる」と評価する。

 東塔は重源の死から30年以上たってようやく完成した。東大寺は東塔基壇の復元も目指しており、今後の発掘で上部構造の解明が期待される。




東大寺のような成立からずっとそこにあり広く知られていた寺でも、発掘により新たな発見があるということがいい。
ただ、この記事、その東塔跡が東大寺の今ある伽藍のどの辺にあるのかが記載されていないのが少々残念。


【追記】
朝日新聞に位置のわかる写真がありました。

東大寺の焼けた東塔、巨大な土台跡を確認 国内最大級か

toudaiji2.jpg
上空から撮影した東大寺の東塔跡。奥は大仏殿=奈良文化財研究所、ヤマハ発動機撮影、東大寺提供

 平安時代に兵火(へいか)で焼け、鎌倉時代に再建された奈良・東大寺の東塔(とうとう)が、中国・宋伝来の最新技術で建てられた、国内最大級のものだった可能性が高まった。東塔跡(国史跡)を発掘した寺が19日発表した。奈良時代の創建時より一回り大きく、国内に類例のない規模だったことがうかがえるという。

 大仏殿の南東と南西に750~60年代ごろ、東塔と西塔(さいとう)が建てられた。東塔は平氏の焼き打ちに遭い、1227年に再建されたが、1362年に落雷で焼け落ちた。

 寺と奈良文化財研究所、奈良県立橿原考古学研究所が、柱を立てる礎石を置いた穴や階段、石敷きなどを発掘。鎌倉時代のものとみられる基壇(きだん、土台)は一辺約27メートル、東西南北の各面が柱間3間の構造で、建物部分が約17メートル四方だった。一方、創建時の階段の端とみられる石も出土。基壇は一辺約24メートルとみられる。

 現存する仏塔で最も高い京都・東寺(とうじ)の五重塔は高さ約55メートル。東大寺の東西両塔は約70メートル、もしくは約100メートルという2種類の高さの記録がある。江戸時代の絵図は、失われた西塔の跡を柱間5間、東塔の跡を3間で描いているが、今回の調査で、創建時は5間だった両塔のうち、再建後の東塔は3間に変更され、より大規模になったらしい。

 調査団長の鈴木嘉吉(かきち)・元奈良国立文化財研究所長(建築史)は「奈良の寺は天平時代の姿で復元するのが常識だったが、初めて覆った。大仏殿や南大門と同様、中国・宋の様式を採り入れ、柱を太くして丈夫な塔を造ったのでは」と話す。柱間の寸法(中央が約6メートル、左右が約5・4メートル)は南大門と同じで、奈良時代よりも柱を太くして「貫(ぬき)」と呼ばれる水平材を柱に通し、建物の構造を支えたと考えられるという。

 来年、創建時の遺構の調査を始め、2021年から基壇の整備に入る。934年に雷で失われた西塔の跡は17年に調査を始める予定。

 現地説明会は21日午前10時~午後3時。問い合わせは東大寺(0742・22・5511)へ。(栗田優美)

toudaiji3.jpg 大仏殿に展示されている東塔の模型=奈良市の東大寺  




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