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『桜奉行 幕末奈良を再生した男 川路聖謨』

佐保川沿いの桜が奈良奉行・川路聖謨さんの奨励によって植えられたことはよく知られていると思うのですけれど、それ以上のことは知らず・・・

桜奉行 幕末奈良を再生した男 川路聖謨が出版されていたことに気づいたので読んでみました。

桜奉行 幕末奈良を再生した男 川路聖謨


大国ロシア相手に和親条約締結を成し遂げた幕末敏腕外交官・川路聖謨
その知られざる奈良奉行時代を直木賞作家が描く

明治元年三月十五日──江戸城総攻撃の日 前日の勝・西郷会談での攻撃回避決定を知らなかった川路聖謨(としあきら)は切腹の上ピストル自殺した──その時彼の目に映ったものは 奉行として初めて目にした古都奈良の桜ではなかったか
世相がすさみ町も寺もあれていた奈良を立て直した人間味豊かな川路。なかでも特筆すべきは庶民も巻き込んだ桜楓の植樹活動である
その時植えられた桜は 百六十年たった今も 奉行所の裏を流れる佐保川の堤で美しい花を咲かせている



川路聖謨さんは"左遷"されてきた奈良奉行時代、日誌を江戸の母に送っていて、それを基に描いている。
筋が通っているわけではない(佐渡奉行だったころのことを描いてみたり)ので少々読み辛いが、幕末の奈良の様子、聖謨の人となり等興味深く読んだ。
当時としてはユニークな人だったのだろうけれど、合理的な考え方の人で人間味があり、とても面白い。
帯に「大国ロシア相手に和親条約締結を成し遂げた幕末の敏腕外交官」「明治元年江戸城総攻撃予定の日にピストル自殺した」とあり苛烈な人柄を想起させるが、本文ではそうは思えない。
看板の桜奉行もその片鱗が見えないのを残念に思ったら、本書は5年間の奈良奉行時代のたった半年分で、第2部以降があるらしい・・・
次巻以降も楽しみにしておこう。


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